知的障害のある弟を持つ私が彼と向き合えるようになるまでの29年間の話。

2019年8月21日

こんにちは!

実は、と言うほどのことでもないですが私には知的障害のある弟が居ます。

彼は今年で28歳になりますが、4歳児と同じくらいの知能しか持っていません。

母のお姉さんにも軽い知的障害があるので「遺伝的な原因じゃね?」というのが私の家族の認識で、私は父親から子どもを産むのは諦めるように言われています。

「今の家庭が不幸だとは思わないけど、やっぱ色々大変だから」とのことでした。

父は弟のことも1人の人間として扱い、今でも休日は一緒に登山やドライブに出かけています。立派だなあ…。

ずっと弟が嫌いだった子供時代

さて、私はと言いますと、障害のある弟のことがつい最近まで嫌いでした。

見た目はそこそこ大人の男性なのに、ドラえもん見てキャッキャと爆笑したり、食事中に癇癪起こしたりっていうのを側で見てるのはけっこう辛いものがありますからね。

特に小学生の時は全校集会で必ず奇声上げるのが嫌だったなあ…みんなに笑われてる気がして。
(当時は特別支援学校じゃなくて同じ公立の小学校に通ってました。)

で、中学校から高校卒業まではずっと無視してましたね。

自分の家族って認めたくなくて、話しかけもしなかったし、話しかけられても答えなかった。

夫やその家族に出会って少しずつ変わった

私は高校を卒業してから1人暮らしを始めたのですが、たまに家に帰ってもやっぱり弟とは口を利きませんでした。

というかもう意地悪で無視してやろうっていうのはとっくに終わってて、話さないのが当たり前になってたんですね。

そんな陰険な私ですが、19歳のとき夫と出会ってから少しずつ変わっていきます。

夫には歳の離れた妹と弟がいて、私の家庭とは間逆のすごく仲の良い間柄です。

私ももう何回も彼らと一緒に徹夜でゲームしたり、キャンプやフェスに出かけたりしています。

仲の良いきょうだいっていいな…としみじみ考えるようになりました。

そしてあるとき実家に帰省して、母の弟への接し方を見てドン引きしました。

弟が何か話しかけても「ハイハイ」とか「黙ってて」とかそんな返答ばかり。

気に入らないことがあれば弟を小突いたり。

ぶっちゃけ私も弟を無視し始める前は同じような感じでした。小学生で手加減知らなかったからもっとひどかったかも…。

でも1度家を出て、他のきょうだいの関係性を見た後だとなんだかそれはとても不愉快な光景だったのです。

母を通して自分を客観視したんですかね…。
(ちなみに私には普通に優しいママだったりします…闇深い)

そして私はちょっとだけ心を入れ替えて、とりあえず弟を無視するのは止めました。

突然訪れた不安すぎる夜

ところで実は夫には2年くらい私のヒモとして生きていた時代があります。けっこう長いな…。

あまりに働かないのでムカついて別れたのですが、「さて、金を持ってて定職に就いている男でも作るか!」と心機一転していたところ重大なことを思い出しました。

「あれ…?そう言えば私パパに子ども諦めろって言われてたような…?」
「てかそもそも知的障害のある弟が居るって恋愛にかなり不利なのでは…?」
「ずっと遠い未来、父母がいなくなったら私が弟の面倒見るの?」

そう、今まで忘れてたりとか、幼かったから気付かなかったことに気付いてしまったのです。

私はその時初めて弟のことで将来が不安になって泣きました。

腹が立ったりイライラしたりすることはあったのですが、悲しみとか不安とか絶望とか何より「自分はこれからずっと1人ぼっちなのか…」という寂しさが溢れてきてすごく怖かったのを覚えています。

ちなみに悩んで悩んで泣きながら母親に連絡したところ、「グズグズうるさい。今考えても仕方の無いことで泣きついてくるな。スマスマ始まるから切って良い?」と信じられない返答をいただきました。

あまりに腹が立ってそれから半年くらい絶縁状態になりましたね…。

その後すぐに母親を糾弾するために父にも電話をしたのですが、父はちゃんと私の気持ちを受け止めて丁寧に話を聞いてくれました。

ものすごく感情的になって「結婚できなかったらどーしてくれんだ!泣」って当り散らしたりもしてしまったのですが、「子どもは産まれてくる家を選べないけど、俺はお前が家に産まれてきてくれて本当に嬉しく思ってるよ」と言われて更に号泣。

父の声も震えていて、それを聞いたら余計に泣けてきて、ものすごく悲しい夜でした。

その後なんやかんやで夫と寄りを戻し、「子ども要らないしマレーシアにも一緒に行くから共に生きようー!?親に会わせろ今すぐに」とちょっとよくわからないことを言われ、結婚に至ったのでした。

夫を初めて実家に招いたとき、夫は弟とニコニコとお喋りをしてくれました。

家を訪れる前、「俺は自分の弟と妹のことをすごく大事に思ってるから、yokoの弟とも仲良くなりたい」って言ってくれて、それを本当に実践してくれた格好です。

四六時中顔を合わせる家族と、たまにくる夫とではそりゃ全然違います。

たまに来て仲良くするだけなら誰でも出来る。家族は面倒な面や嫌な部分にも全部付き合わなきゃいけない、生活があるから。

それでもそんな夫の姿を見て、何だかとても心が温まったのでした。

しかも夫は「ほらほら、yokoも久しぶりに会うんだからもっと話しないと!」と私を促し、私は本当に久しぶりに、弟に自分から話し掛けました。

「それ美味しい?」とか、「醤油いる?」とか、マジで大したことない内容だったけど…。

マレーシアに来てさらに変わった

さてさて、結婚後私は「海外で働く」という夢を叶えるため、夫を連れてマレーシアにやってきました。

そこで1社のブラック企業を経て今の会社に至るのですが、オフィスには日本人も日本語スピーカーも1人も居ません。

英語力ゼロの私は相手の言ってることが分からない、自分の思ってることを伝えることも出来ない。

海外に住んでて言語が出来ないってのはもはや社会的弱者なのです。当たり前だけど。

どんなに頭の中で考えてたって相手に伝わらなければ、そして相手の意図を汲めなければ意味ないですしね。

私はマレーシアに来て初めて、弟と同じような立ち位置を経験することになったのです。

私は奇声あげたりしないけど…。

私の今の職場には奇跡的に善意の塊みたいな人たちしかおらず、彼らの優しさの上に生きているとマジで感じます。

私は普通と違う弟がずっと嫌だった。
でもここでは私が普通と違う。
まともに喋れなくて、人が言ってることも8割わかんない。

それでもみんな笑顔で向き合ってくれて、私の話聞こうとしてくれて、話しかけてくれて、それとめちゃくちゃゆっくり話してくれるw

これがどうでしょう?

もしみんなに、私と母が弟にしてたみたいな対応をされたら?

はいはいもー良いから」とか

どうせわかんないんだから話入ってこないで」とか

うるさいから黙ってて?

なんて言われたら…秒で泣きます。絶対無理。

上手くアウトプット出来なくても、私に人格があるように弟にもある。

表現できないからって何も考えてない、感じてないわけないんですよね。

自分が弱者の立場になるまでそんなかんたんなことも私はわからなかったです。

なんとなく弟は何を言われても無視されても傷つかないと思ってました。

そんなわけないのにね。

このことを考えたとき初めて弟に心から申し訳ないと思いました。

謝っても許されることなんかじゃないけど…。

29年掛かったけど、私の周りの人たちみたいに「ちがう」人にも優しい人間にれれば良いなと今は思っています。

余談

ほんとにどうでも良い話なのですが、弟はなぜかカレンダーが大好きで暇さえあればずっとカレンダー見てます。

そのせいか、「2038年の5月18日は何曜日?」とかって聞くと速攻で答えが返ってくるので、不思議だなあと思いながらたまに適当に聞いてみてます笑